東京地方裁判所 昭和39年(特わ)629号 判決 1969年5月31日
本店所在地
東京都中央区銀座三丁目五番地
小河原商事
株式会社
(旧商号 株式会社 湯浅組)
右代表者代表取締役
小河原忠一
右同
小河原雪子
本籍
東京都中央区新佃島西町一丁目一二番地
住居
千葉県市川市須和田町二丁目三四〇番地
小河原商事株式会社代表取締役
小河原雪子
大正二年一二月一六日生
右被告人らに対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官川島興出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告小河原商事株式会社を判示第一の罪につき罰金三〇〇万円に、同第二の罪につき罰金一、〇〇〇万円に、被告人小河原雪子を懲役六月に各処する。
但し、被告人小河原雪子に対し、本裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告小河原商事株式会社と被告人小河原雪子の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告小河原商事株式会社は、もと株式会社湯浅組と称し(昭和四二年三月三一日商号変更)、本店を東京都中央区新佃島西町一丁目三二番地に置いて沿岸荷役、諸機械据付、解体、運搬等を営業目的とする資本金五、一〇〇万円の株式会社であり、被告人小河原雪子は昭和二九年七月以降昭和三八年一一月までの間に、被告会社の監査役に就任する等しつつ、会社における金銭の出納、管理、銀行預金の管理、資金の調達等の業務に従事していたものであるが、同被告人は右会社の業務に関し、架空作業費を計上して簿外資産を蓄積する等の方法により所得を秘匿したうえ、
第一、昭和三五年一〇月一日より昭和三六年九月三〇日に至る事業年度において、被告会社の実際所得金額は別表一修正損益計算書記載のとおり、三、八八八万七、九〇七円でこれに対する法人税額は一、四六七万七、四〇〇円であつたにもかかわらず、昭和三六年一一月三〇日、同都中央区小田原町三丁目一番地所在の所轄京橋税務署において同署長に対し、所得金額は六二三万七、二〇七円でこれに対する法人税額は二二七万〇、一三〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、正規の法人税額と申告税額との差額一、二四〇万七、二七〇円については法定の納付期限までに納付せず、もつて不正の行為により右同額の法人税を逋脱した。
第二、昭和三六年一〇月一日より昭和三七年九月三〇日に至る事業年度において、被告会社の実際所得金額は別表二修正損益計算書記載のとおり、九、九四六万五、四七六円でこれに対する法人税額は三、七三一万七、三八〇円であつたにもかかわらず、昭和三七年一一月二九日、前記京橋税務署において同署長に対し、所得金額は一、〇四九万六、二二七円でこれに対する法人税額は三六一万六、八二〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、正規の法人税額と申告税額との差額三、三七〇万〇、五六〇円については法定の納付期限までに納付せず、もつて不正の行為により右同額の法人税を逋脱した
ものである。
(証拠の標目)
一、登記官坂本正夫作成の登記簿謄本
一、第四回ないし第八回各公判調書中、証人兵頭正昭の供述記載部分
一、証人兵頭正昭の当公判廷(第九回公判期日)における供述
一、証人桑原紀子、同金田勲、同菅野美喜夫、田田場健一の各当公判廷における供述
一、当裁判所の印影に対する検証調書
一、戸田俊一作成の上申書二通
一、大蔵事務官瀬川照光作成の調査事績書一通(昭和三九年一二月二日付)
一、湯浅組法人税決議書計二綴(昭和四一年押第四四四号の1=以下枝番号のみ記載)、元帳計七冊(3、4、5、6、7、9、35)、経費明細帳一冊(8)、銀行勘定帳六冊(10、11、12、13、15、16)、印一二七個(17)、ゴム印一八一個(18)、角印計一二八個(19、20、22)、丸印計八六個(21、23)、工事台帳計二冊(24、25)、ノート一冊(26)、現金領収書計二八綴(27、28、45)、小切手領収書計二二綴(29、30、31)、小切手控計四四冊(32、33)、領収書二綴(34)、差出人戻し郵便物(封筒)三七通(47)
一、被告人小河原雪子作成の上申書
一、被告人小河原雪子の大蔵事務官に対する質問てん末書七通並びに検察官に対する供述調書三通(うち一通は謄本)
一、被告人の当公判廷における供述中、判示事実に添う部分
右のほか別紙各修正損益計算書の勘定科目のうち、営業外収入(受取利息)に関して、
一、証人西川孝夫、同西田恵、同瀬川照光、同小圷治、同鳥飼達寿の各当公判廷における供述
一、大蔵事務官瀬川照光作成の調査事績書二通(昭和三九年七月一〇日付、同年八月四日付)
一、三和銀行深川支店長(以下三和・深川の如く略記)寄木正敏、三菱・深川和気亨、駿河・横須賀中里根本一三、駿河・藤沢末広誠二、同岩崎餘四郎、東洋信託・渋谷越井秀治、東洋信託・銀座高塚恒博各作成の証明書
一、東洋信託・渋谷作成の報告書
一、三菱・深川和気亨作成の回答書
一、押収にかかる委託者別一覧カード一枚(40)、取引先カード一綴(41)、預金メモ一綴(42)、預金控九枚(43)、預金者カード二枚(44)、準引当預金明細票一冊(48)、裏預金一覧表一枚(49)、裏預金メモ一綴(50)、裏預金メモ五枚(51)
同じく営業外費用(別紙二修正損益計算書)に関して、
一、京橋税務署長松岡宗雄作成の証明書
(
被告人小河原雪子は、昭和四〇年四月二二日東京地方裁判所において贈賄の罪により懲役六月、二年間刑執行猶予の言渡しを受け、被告人より控訴、上告の結果、昭和四二年七月七日最高裁判所において上告を棄却され、同年七月一二日確定した。この事実は判決謄本三通、検察事務官作成の前科照会に対する回答書並びに同被告人の当公判廷における供述によつて明らかである。
(法令の適用)
被告人小河原雪子の判示各所為中、第一の事実は昭和四〇年法律第三四号法人税法(以下現行法という)附則第一九条、昭和三七年法律第四五号法人税法の一部を改正する法律(以下一部改正法という)附則第一一項によりその改正前の法人税法(昭和二二年法律第二八号-以下旧法という)第四八条第一項に、同第二の事実は現行法附則第一九条によりその改正前の法人税法第四八条第一項に各該当するところ、前示確定裁判があつて、この罪と判示各罪とは刑法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により未だ裁判を経ない判示の各罪につきさらに処断すべく、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内において同被告人を懲役六月に処し、諸般の情状を考慮し同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。
被告小河原商事株式会社については、その従事者である被告人小河原雪子が被告会社の業務に関して前示各違反行為をしたものであるから、判示第一の事実につき現行法附則第一九条、一部改正法附則第一一項により旧法第五一条第一項に則つて同第四八条第一項の、また第二の事実につき現行法附則第一九条によりその改正前の法人税法第五一条第一項に則つて同第四八条第一項の各罰金刑を科すべく、しかして判示第二の罪については、その免れた法人税額が五〇〇万円をこえるので、同法第四八条第二項を適用して罰金の額は五〇〇万円をこえその免れた法人税額に相当する金額(三、三七〇万〇、五六〇円)の範囲内で処断することとし、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるところ、一部改正法附則第一一項により判示第一の罪については旧法第五二条が適用され、従つて刑法第四八条第二項の適用が除外されるので、結局各罪ごとにこれを科すべく、よつてそれぞれその金額の範囲内において同被告会社を判示第一の罪につき罰金三〇〇万円に、同第二の罪につき罰金一、〇〇〇万円に処する。
訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用して被告人小河原雪子と被告小河原商事株式会社の連帯負担とする。
(公訴事実に対する判断)
本件公訴事実は、(一)被告人小河原雪子は本件対象年度中、被告会社の監査役としてその業務全般を統括していた、(二)被告会社の実際所得金額は、昭和三五年一〇月一日より昭和三六年九月三〇日に至る事業年度において三、九四七万九、五六三円(この法人税額は一、四九〇万二、二一〇円)で逋脱税額は一、二六三万二、〇八〇円であり、昭和三六年一〇月一日より昭和三七年九月三〇日に至る事業年度において九、九六七万四、五三六円(この法人税額は三、七三九万六、八八〇円)で逋脱税額は三、三七八万〇六〇円であるという。しかしながら、被告人小河原雪子は、判示のように被告会社において金銭の出納、管理、銀行預金の管理、資金の調達等経理面に関して管掌していた事実は認められるが、業務全般に亘つてこれを統轄する地位にあつたものとは認め難い。特に営業面については、代表取締役小河原忠一が主管し、被告人はこれを補佐する程度であつた事実が窺われる。従つて被告人の被告会社における地位と業務内容を判示のとおり認定した次第である。また被告会社の所得額については、検察官が昭和四一年一月二六日付で提出した冒頭陳述補充書に記載された架空作業費と主張するもののうち別表三の一覧表に記載した分は、すべての証拠を検討しても架空支払いである事実を認めることは困難で、実際の経費として支払われた疑いも存在するので、この支払い分当期作業費の増減額から控除したうえ各事業年度における所得額とこれに対する法人税額を判示のように認定した次第である。
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人の主張は多岐に亘るが、その骨子は、
(一) 検察官は、被告会社の所得額について、起訴状記載の公訴事実第一においては三、四九二万二、八四四円、同第二においては九、〇七五万四、三九六円としながら、昭和四二年五月二九日付訴因変更請求書に基づいて被告会社の所得額をそれぞれ三、九四七万九、五六三円(弁護人は三、九一七万九、五六三円というが誤記である)と九、九六七万四、五三六円に変更することの許可を求めた。この所得額の増加は、検察官の冒頭陳述書の各修正損益計算書並びに逋脱所得の内容の「その他経費」として損益計算書と貸借対照表との不突合分四五五万六、七一九円と八九二万〇、一四〇円をその他経費として損金に認容していたたものを削除したためである。しかしながら起訴後二年半を経過した後に、しかも弁護人の立証の困難を見きわめたうえで突如このような訴因変更の許可を請求することは不当であるから本来許可すべきではなかつた。
(二) 本件における所得額の立証方法は、旧法人税法第九条の趣旨にてらしいわゆる財産計算法と損益計算法の両法に基づいて計算した結果、その一致する限度額をもつて所得額とするよう立証方法を構ずべきであつて、財産計算法による所得額の計算を行わず、専ら損益計算法のみによつてこれを計算した検察官の本件立証方法は不当である。
(三) 検察官は、被告会社の所得中に営業外収入として簿外の受取利息を昭和三五年一〇月一日から昭和三六年九月三〇日に至る事業年度(以下第一期という)において二八四万一、六〇四円、昭和三六年一〇月一日から昭和三七年九月三〇日に至る事業年度(以下第二期という)において三七八万四、〇七六円をそれぞれ計上しているが、その利息発生の基である預金元本についてその資金源泉特に預金元本が被告会社の不正計算の結果生じたものであることが明らかにされなければならないのに、それが全く立証されていないし、かつ、右預金元本の中には明らかに被告会社に帰属しない被告人夫婦のものも含まれているので、右受取利息全額を被告会社の営業外収入として計上することはできない。
(四) 検察官が架空作業費であるとして、昭和四一年一月二六日付の冒頭陳述補充書に基づいて主張する各支払いは、これを認めるに足る証拠がない。検察官は証人兵頭正昭の証言に依拠しているが、同証言は検察官自身も架空作業費と認めていない支払い分まで架空作業費である旨供述する等極めて不正確で信憑性がないし、また証拠物として提出されたゴム印等の存在も直ちに右作業費の支払いが架空であることを立証するものではない。特にこの中にはいわゆるリベートとして正当に損金計上を許される支出も含まれているし、架空作業費とこれに基づく資産額とは大きく相違していて裏付けがなされていない。
(五) 検察官冒頭陳述において、一般管理費として認容しながら同時に交際費限度超過額として否認しているものが第一期では二三九万一、一六七円(認容、否認額同じ)、第二期では二五七万八、八八四円(認容分)と三九万二、五八五円(否認分)に及んでいる。そして被告会社における実際の交際費は、第一期において四七二万〇、七四一円、第二期において五〇〇万円であるが、限度超過額を否認されるのをおそれ、右金額のうちから二三九万一、一六七円並びに二五七万八、八八四円をそれぞれ公表の一般管理費に計上せず、作業費として仮装計上しているので、作業費から同額を否認して一般管理費に計上し、かつ限度超過額について損金否認をしたものであるという。しかしながらどの架空作業費が交際費として支払われたものであるか、また交際費の明細等については証拠上全く明らかにされていない。従つて検察官の主張する架空作業費の額の中から二三九万一、一六七円と三九万二、五八五円をそれぞれ控除すべきである。
(六) 被告会社においては、確定申告に当り期末棚卸材料として第一期に七三〇万〇、四〇〇円、第二期に九〇四万一、〇一〇円をそれぞれ計上している。しかしこれはシヤコ、木コロ、木テコ、枕木、足場板等いずれも耐用年数は一年未満で取得価格は三万円未満にすぎず、消耗品として経費に計上すべきものを税務知識の欠如から誤つて期末棚卸資産として計上したものである。従つて被告会社としては、この分を資産として計上することは本意でなく、本来ならば当然経費として損金に計上していた筈であるから、右金額は全部控除すべきである。
(七) 被告会社における被告人の地位は、検察官が主張するように資産の管理、税務の主管処理を含めた業務全般の統括といつた枢要なものではなく、子供にでもできるような機械的な走り使い程度にすぎず、まして公訴事実に記載された不正行為並びに虚偽の確定申告にも関与していないし、またそれについての認識もなかつたものである。
というにある。
二、右各主張に対する当裁判所の見解並びに判断は次のとおりである。
(一) 検察官の訴因変更請求を許可すべきでないとの点について、
しかしながら検察官は、訴訟の進展と立証の難易等訴訟技術上の観点からその裁量により、公訴事実の同一性を害しない限度において訴因の変更を請求する権利を有し、執判所としてはその請求が公訴事実の同一性の限度内であると認めれば、それが濫用に亘らないかぎり許可しなければならないのである。そして本件において検察官が訴因変更の請求をしたのは、弁護人指摘のとおり起訴後二年半を経過した後であるが、当時はまだ検察官側の立証段階であり、しかもこの訴因変更によつても審理日数には何ら影響なく、濫用に亘ると認められるような事情は存在しない。弁護人は、検察官が訴因変更の請求をしたのは、その他経費に関し弁護人側の立証の困難さを見きわめたうえでのことで不当である旨強調するが、損益計算書と貸借対照表との不突合をその他経費として損金認容するか否かは、専ら立証の難易に関する訴訟技術の問題であつて、これをもつて濫用と見ることはできない。
また検察官の本件訴因変更の請求は、その内容が公訴事実の同一性を害していないことが明らかであるから、裁判所としては許可せざるを得ないのである。弁護人のこの点に関する主張は理由がない。
(二) 所得額立証の方法が不当であるとの点について、
旧法人税法第九条第一項は、内国法人の各事業年度所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額によると規定しているが、総益金及び総損金については別段定義をしていない。しかし一般には、総益金とは法令により別段の定めのあるもののほか、資本の払込み以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実をいい、総損金とは法令により別段の定めのあるもののほか、資本の払戻又は利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいうものとされているのである。しかしながら、これは法人税の逋脱事件における所得額の計算並びに立証が、財産計算法による計算と損益計算法によるそれとを併せて行わなければならないとか、或いはその一致した限度においてのみ認定すべきであるとか又は財産計算法に基づいて計算すべきであつて、損益計算法のみに基づいて計算することを否定した趣旨と解することはできない。いうまでもなく財産計算法によつて計算した所得額と損益計算法によつて計算した所得額とは会計原則上本来一致すべきものであつて、その両法を併用して一致した所得額を計算し得れば最上でこれに越したことはないが、右のようにいずれの方法によつても所得額を計算し得るものでありその結論を異にするものでない以上、いずれか一方の方法によつて所得額を計算しても何ら妨げはないのである。そのいずれの方法を採用するかは、立証の難易等訴訟技術上の観点から、検察官が自己の裁量によつて決定することである。ただ実務上においては、財産計算法による所得額の計算結果と、損益計算法によるその結果とでは不突合を生ずる事例が多いが、これは資料に基づく所得額把握の程度の相違の問題であつて、会計原則上ないし税務上の問題ではない。なお附言すると、現行法人税法第二二条の規定する所得計算の原則すなわち損益計算法を第一義とする方法は、同条によつて初めて確立されたと解すべきものではなく、旧法人税法においても現行法と同様のことを前提としていたもので、現行法においてはそれを明示したにすぎないとも理解し得るのであり(昭和三三年三月二八日東京地方裁判所判決参照)、本件はまさに損益計算法によつて所得額を計算しているのであるから、いずれの見地よりするもこれを不当と断ずる余地はない。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。
(三) 営業外収入を計上することは不当であるとの点について、
しかしながら前掲各証拠を総合すれば、検察官の主張する簿外預金は被告会社のものであり、従つてその受取利息は被告会社に帰属すべきものであることを認め得る。その預金元本の発生源泉を詳らかにすることが証拠上できないとしても、これが被告会社のものであること、従つてその受取利息が被告会社に帰属するものであることが証拠上明らかであれば、これを被告会社の収入と認定するに何ら妨げはないのである。また被告会社の預金とされるものの中に、被告人ら個人の出捐にかかる分が混入されているとしても、被告人らにおいて自己の資産を被告会社の資金として充当する意図をもつて出捐したのであれば、これは被告会社のものであり、その受取利息も被告会社に帰属することはいうまでもない。ただ会計処理上は、被告会社における貸借対照表上貸方に被告人らの借受金として表示するか否かの問題にすぎない。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。
(四) 架空作業費を計上したことが不当であるとの点について、
しかしながら前掲各証拠を総合すれば、検察官の主張する架空作業費のうち、別紙一覧表に記載した分を除き、他はすべて架空作業費である事実を認定し得るのである。証人兵頭正昭の当公判廷における供述(公判調書中、同証人の供述記載部分を含めて)のうちには、弁護人の指摘するように検察官においても架空作業費と主張していない支出を架空作業費としている部分も存在するが、幾百という支出項目に関しすでに数年を経過した時点において、しかも自己の記憶に基づいて供述している以上、誤解や記憶違いのあることは当然であつて、これがあるからといつて同証人の供述の信憑性を云為することは当らない。しかも当裁判所は、ひとり証人兵頭正昭の供述のみならず、前掲各証拠を仔細に検討したうえこれを総合し
認定しているのである。もつとも証拠によれば簿外においていわゆるリベートを支払つている事実を窺知し得ないわけではないが、弁護人においては何らその具体的な数額を主張、立証していないのである。本件の如き直税逋脱犯の事件は、他の一般の刑事事件とその性質を異にし、常に具体的な金銭上の数額の多寡の認定が基礎となるのであつて、検察官の主張、立証に対抗してこれを争う以上、抽象的に或る経費の支出を主張するのみでは当裁判所としても判断するに由なく、すくなくとも特定の事業年度における具体的な数額(それは個々の支払いでなくとも総額で差支えない)を指摘しなければ訴訟上意味がない。また架空作業費とされる額と、これに基づく簿外資産の額とに相違があるというが、もともと簿外資産のすべてをもれなく証拠によつて立証することは事実上不可能といつて差支えなく、従つてその相違部分は簿外資産の把握不十分の結果とも解されるのであるから、その相違が存在することをもつて異とするに足りない。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。
(五) 交際費限度超過額を否認したのは不当であるとの点について、
しかしながら証人兵頭正昭の供述(公判調書中、同証人の供述記載部分を含めて)並びに押収にかかるノート一冊(26)中の試算表、元帳一冊(3)並びに湯浅工業の元帳一冊(5)を総合すれば、被告会社において第一期の交際費が四七二万〇、七四一円で第二期のそれが五〇〇万円であることが認められる。弁護人はどの架空作業費が交際費として支払われたものであるか、また交際費の明細等が詳らかでないというが、証拠上すくなくとも各事業年度における実際交際費の総額は優に認定し得、しかもそれが当該事業年度における個々の交際費を集計した額であることが確認し得られれば、その事業年度の所得額を計算するに当り、これを交際費の総額として認めるに何ら妨げはない。そして公表の交際費以外は、作業費として仮装計上した事実が明らかである以上、検察官主張のように作業費の中からその計上分を否認して一旦一般管理費として計上し、併せて限度超過額の預金算入を否認するという処理は妥当である。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。
(六) 期末棚卸材料を資産科目から控除すべきであるとの点について、
被告会社が本件対象事業年度における確定申告に際し、期末棚卸材料として第一期は七三〇万〇、四〇〇円、第二期は九〇四万一、〇一〇円をそれぞれ計上したことは明らかで、その内容はシヤコ、木コロ、木テコ、枕木、足場板等であつて、これらの耐用年数は概ね一年未満でありその取得価格も三万円未満であることを窺知するに難くない。そして旧法人税法施行細則第七条は、法人が耐用年数一年未満の固定資算又は取得価格三万円未満の固定資産を取得した場合において当該固定資産を固定資産として財産目録に記載しなかつたときは、これら小額資産を事業の用に供し、かつ法人の業務の性質上基本的に重要で大量に保有される固定資産を除いて、その全額を損金として計上することを認めている。しかしながらこの規定の趣旨は、右のような小額資産を損金として計上するか否かは当該法人の選択に委ねているのであつて、当該法人の意思如何にかかわらず、常に損金として計上すべきことを要求しているものではない。従つて法人の確定決算並びに確定申告において、これら小額資産を棚卸材料として資産に計上した以上、それが税法知識の欠如に基づくものであつたとしても、これを前提として所得計算をせざるを得ないのである。弁護人の引用する大分地方裁判所の判決は、資産の客観的な評価をめぐる問題であり、本件は資産の客観的な評価の問題ではなく、決算調整ないし申告調整の問題であつて事案の前提を異にし適切ではない。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。
(七) 被告人の被告会社における地位は、いわば走り使い程度にすぎず、また本件不正行為並びに虚偽申告には一切関与せず、従つてその認識もなかつたとの点について、
しかしながら前掲各証拠を総合すれば、被告人の被告会社における地位は、業務全般を統括するものではなかつたにしても、判示のように金銭の出納、管理、銀行預金の管理、資金の調達等の業務に従事していた事実を認めることができるのであつて、これらの業務は、決して子供にでもできるような機械的な走り使い程度にすぎない程度のものとはいえず、むしろ極めて枢要な業務といわざるを得ない。そして被告会社はいわば小河原忠一社長の個人会社ともいい得るのであり、加えて被告人はその妻として夫を補佐する意味で会社の業務に従事し、しかも夫忠一が営業面に関しては極めて熱心、有能でありながら経理面においてはうとかつたのを補うため右のような業務を担当して来たのであつて、従業員にとつても社長の妻という立場は決して軽視できるものではなく、兵頭にしても金田にしても経理事務ないし税務事務は自らこれを遂行するにしても、被告人の意を受けてこれを行うものであり、その意に反して独自の処理をしていたわけではないことは証拠によつて認めることができるのである。そして本件においては、判示のように実際の所得よりも虚偽過少の確定申告書を提出し、判示の法人税額を逋脱している事実が認められ、かつこれは被告人の意に添うものである以上、被告人が不正行為に関与せずまたその点について認識を欠くということはできない。弁護人のこの点に関する主張も理由がない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤暁)
別表一
修正損益計算書
株式会社 湯浅組
自 昭和35年10月1日
至 昭和36年9月30日
<省略>
別紙二
修正損益計算書
株式会社 湯浅組
自 昭和36年10月1日
至 昭和37年9月30日
<省略>
別表三
株式会社 湯浅組
一覧表
一、事業年度(自 昭和三五年一〇月一日 至 昭和三六年九月三〇日)
当期作業費
<省略>
一、事業年度(自 昭和三六年一〇月一日 至 昭和三七年九月三〇日)
当期作業費
<省略>